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わたしといっしょにうたおうよ!③

last update Petsa ng paglalathala: 2026-07-16 18:07:56

「ねえ、カンナ。私、歌上手くなれるかな」

「なれるわよ。きっと大丈夫」

 特訓が始まってからの数日後の朝近く、私とカンナはいつものようにベッドに横たわっていた。楽天家な私だが、本格的なレッスンに、ちょっと不安を感じていた。そんな私の頭を、カンナは優しく撫でてくれた。ああ、そういえば、昔はご主人様にもこうやってよく頭撫でて貰ったっけ。彼女は優しい娘(こ)だ。ご主人様に捨てられて行く当てのない私を、こんなにも快く受け入れてくれた。

 カンナと接していると、何とも言えない気分になる。ぽわぽわして、温かくて、でもちょっと心臓がドキドキして苦しい気分になる。この気持ちは一体何だろう。生まれて初めて味わう気持ちだ。

「それは恋ね」

 ある日、私は教会でまりあさんにこの気持ちが何なのか尋ねてみた。そして、返って来たのがこの答えだ。

「恋って……私もカンナも女ですよ!?」

 私は席から立ち上がって、思わず強く否定した。

「でも、あなたの想いはそうとしか表現できないわ」

「……まりあさんは恋したことあるんですか?」

 私は、座り直した。

「神様に仕える前は、恋に身を焦がしたこともあったわ」

「相手はどんな猫だったんですか?」

「とっても綺麗なシャム猫の女の子だったわ。一方通行の片思い」

 まりあさんが、真剣な眼差しで私を見つめ返してくる。その瞳は、愁いを帯びていた。まりあさんにも同性愛の経験があるとは意外だった。とっても理知的で聡明なまりあさんが、今の私と同じような、慕情と苦しみに身悶えしていたというのが想像できなかった。

「アメリ、今日もまりあさんのところ?」

「うん。今日も遅くなるかも。ご飯も教会で済ませちゃうと思う」

 私は、意図的にカンナと距離を置くように努めていた。もし、私がカンナに恋愛感情を持っていると知られたら、きっと嫌われるに違いない。カンナに嫌われるのだけは嫌だ。

「そう……。たまには、私も一緒に行こうか?」

「独りで大丈夫だよ。もう何度も通ってるし」

 この時、私はカンナの気持ちに気づかなかった。この時、気づいてあげられていたら……。

「じゃあ、行ってくる!」

 私は振り切るように駆け出した。

 さらに時は過ぎる。

「まるでスポンジみたいな吸収力ね。教えることがなくなってしまったわ。テクニックに関しては完璧ね」

 まりあさんの教えを受けて二か月ぐらい経っただろうか。ついにこの言葉をもらった。これで夜会で歌える!

「まりあさんの教え方が上手なんですよ」

 私は、照れくさくて頭をぽりぽり掻いた。でも、尻尾は正直で、嬉しさでぴんと立ってしまう。

「あとはここ。ここで決まるわ」

 まりあさんは私の胸の中央を、とんとんと指差す。

「歌はハートよ。でも、今のあなたには雑念があるわ。それが心配」

 そう言って、まりあさんは私をじっと見つめた。

 私の雑念。それは、カンナの事に他ならない。でも、今の私にはどうしたらいいのかもわからない。

「まりあさん。私の恋は許されないものですか?」

「私たちの宗派は、同性愛を認めているわ。ただ、本当の心の決着は、あなた自身で付けるしかない。私には、あなたの悩みを聞くことしかできないわ」

 重い空気が流れた。そんな状態にかぶりを振って、私はまりあさんにお礼を述べて教会を後にした。

「ただいま~」

「お帰りなさい、アメリ。ねえ、聞いて。今日、とてもいい日向ぼっこスポットを見つけたの」

 うん、うん、と相槌を打つが、上の空だった。私は歌のこと、クロのこと、そして皮肉にもカンナの事でいっぱいいっぱいで、カンナの話がとても頭に入らなかった。それに、連日の特訓でへとへとだった。

「ねえ、明日遊びに行きましょう」

「ごめん、歌の大詰めがあるから」

大会まで残り数日。まりあさんの指導がなくても、歌の練習をしなければいけい。

「じゃあ、練習に付き合わせて」

「それぐらい構わないけど、別に面白くないと思うよ?」

 本当は死ぬほど嬉しい。でも、自重しないと。カンナは首を横に振る。

「ううん、それでいいの」

「カンナがそれでいいならいいけど。ふう、疲れちゃった。先に寝るね」

 眠ろう。今は眠ってこの気持ちをやり過ごそう。私は、練習の疲れもあって、泥のように眠りに落ちた。

 ついに歌の夜会が来た。今日も噴水前のステージに猫たちが集う。冬なのにすごい熱気だ。喧噪で耳が痛い。私は記入用の机でエントリーを済ませた。順番は十三番目。

「アメリ、私は用事があるから先に行ってて」

「うん? ステージ前でいい?」

「ええ」

 一緒についてきたカンナが、用があるので先に行ってほしいと言う。まあ、カンナにも私用ぐらいあるだろうと思い、言われた通りに先に行くことにした。

 熱狂の中、順調にプログラムが進んでいく。あのミケも歌っていた。点数は九十二点。熱狂の歓声が上がる。さすがに九十点超えともなるとファンも少なくない。最前列で、初めて出逢った日にミケに付き添ってた猫が、誇らしげな顔でミケに熱い視線を送っているのが見えた。

 いよいよ私の番。どうしたんだろう、カンナがまだ来ない。仕方ないので、カンナを待たずにステージに上がる。

『主は護り給う 永遠(とわ)の時を 祈りを聞き届け 心に平静を』

 まりあさん仕込みの讃美歌を歌い上げる。この二か月と少しの集大成だ。音も完璧に合っている。声もよく伸びる。確かな手応えがあった。

 そして歌い終わった。審査員が審議を終えて、点数が発表された。

 八九点。

 嘘? 何で!? 完璧な歌だったはずなのに。まりあさんが、テクニックは完璧って褒めてくれたのに。まりあさんの言葉を反芻したとき、「歌はハートよ。でも、今のあなたには雑念があるわ」という言葉が頭の中でリフレインした。

 私の歌にはハートが足りなかったの? 雑念で満ちていたの……?

 くらくらしたままステージを降りる。

「あははは! ざまないわね! あれだけ大口叩いておいてこの程度!?」

 歌手用控室前ですれ違ったミケの嘲笑も虚ろに響くだけだ。

 ステージ施設出入り口でクロと目が合った。クロは、つまらないものを見たように、無愛想に通り過ぎてしまった。

 私は、頭を抱えて逃げ出した。

 会場の人ごみに戻ってくると、歌が聞こえてきた。とても聞き覚えのある声。カンナの声。カンナ、いつの間に。

『私はずっと見つめていた あなたのことだけを 切ない思い胸に秘めて たとえ伝わらなくても ああ 心が裂かれそう ああ、でも叶うならば 私の想いに応えてほしい』

 この歌は私にあてた歌だ。私への想いを綴った歌だ。そして、私はこんなにも大事に想われていたのに、カンナから逃げていた。私はなんて臆病で鈍感なのだろう。

 私に足りないハート、雑念、その意味が分かった気がする。

 カンナの歌が終わった。得点は六五点。テクニックはなくても、私のハートにずしりと重く響く歌だった。

 カンナに合わせる顔がない。まりあさんに合わせる顔がない。私にはもう戻れるところがない。私はクロの歌を待たずに、ふらふらと会場を後にした。

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